【非モテ逆転物語】「彼女いない歴=年齢」のコミュ障が女優似の美女を彼女化する物語

※この記事では、僕が歩んできた「非モテ人生」を赤裸々に語ります。生々しい描写もあるので人によってはショックを受ける内容かもしれませんので、ご了承ください。

はじめまして、ジョーカーと申します。

 

この記事では、

24歳まで、「彼女いない=年齢」のコミュ障(もちろん童貞)が

「あるきっかけ」を通して、某女優似の彼女を作るまでの話を

物語形式で語ります。

 

まず、ジョーカーがどのような人物かというと、

 

・運動会や体育祭での短距離走では、毎回ビリか下から2番目

・「自分はダメなやつだ」と思い、内向的な性格になる

・周囲からも「あいつはダメなやつだ」と思われ、虐めを受ける

・ますます自信をなくし、学校で一日中全く喋らない日も

・高校に進学するとともに、少しづつ会話はできるようになったものの、「自分はダメなやつだ」というレッテルから解放されることはできず

・そんな状況を変えようと、必死になって受験勉強をして旧帝大に合格する

・しかし、根本的な性格が変わっていないため積極的に行動することができなかった

・その結果、充実した大学生活を送れずに、彼女も作ることなく大学を卒業

 

このような悲惨な人生を送ってきました。

そして社会人になり、「このままでは一生独身だ」という危機感に襲われ、必死になって行動しました。

 

マッチングアプリで、100人以上の女の子と出会い、

何十人もの女の子と体の関係を持ちました。

 

そして、吉高由里子似の美女を彼女化することができました。

 

散々な青春時代を送ってきた僕がここまで成長できたのは、

「あるきっかけ」がありました。

 

このブログのコンセプトは、人生を変えるきっかけになってもらうことです。

 

自信もなく、散々な青春時代を送ってきたのにも関わらず、

恋愛系の情報発信者に強い影響を受けて、

自分を変える努力をした結果、女優似の彼女ができました。

 

そして、今度は僕があなたの人生を変えるきっかけとなりたいです。

※この記事では、ドン底の人生を送ってきた僕でも、正しい方向で努力をすれば彼女ができることを知っていただくことで、
同じ境遇の方が、少しでも人生が良い方向に進んでくれることを祈って書いたものです。

周囲と比較し、劣等感に悩んだ少年時代

「とうとう今年も、この日が来てしまった」

毎年秋頃、どこの学校でも開催されるイベントである体育祭。

 

僕はイベントが、

苦痛で苦痛で仕方がありませんでした。

なぜなら、競技種目の一つに「短距離走」という項目があるからです。
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僕は、もともと運動音痴で体育が苦手でした。

ドッジボールでは、真っ先に狙われるのですぐに外野行きとなります。投力もないため復帰することもできずに、ほとんどの時間を外野で過ごしていました。

その中でも、特に「短距離走」が嫌で嫌で仕方がありませんでした。

なぜなら、どれだけ頑張って走っても「ビリ」か「ビリから2番目」をキープしていました。

中学生、高校生の体育祭を振り返ってみると、それ以上の成績を残したことはありませんでした。

 

しかも、めちゃくちゃ変な走り方をしていたらしいです。

だから体育祭の日の僕は、

絶好の嘲笑の的になっていました。

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特にそれはスクールカーストが顕著に表れてくる、

中学時代から強くなっていきます。

その結果、普段学校の廊下を歩いている時も、

「周りにバカにされていないだろうか?」

という被害妄想におびえるようになっていました。

 

それ以来、僕は何をするにしても

「自分基準」でなく「他人基準」

で考えるようになっていました。

 

例えば、クラスメイトが休日に何人かで遊びに行くという話を聞いて、

本音では「僕も一緒に行きたい」と思っているけど、

「僕みたいなつまらないやつには来て欲しくないだろう」

って思い本音にブレーキを掛けていました。

 

このようにして、僕の内向的な性格はますます悪化していきました。

そんな中、僕の心にトドメを刺すような出来事が起こります。

それは、いじめです。

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運動音痴で性格も大人しかった上、他に何か取り柄があるわけでもありませんでした。

しかも外見は、色白でヒョロガリの眼鏡をかけていました。

 

その結果、僕は格好のいじめの標的になりました。

具体的にどんないじめを受けてきたかというと、

掃除棚に閉じ込められたり、

メガネを壊されたり、

いきなり腕や太ももにパンチをされたり、

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この他にも様々な屈辱的ないじめを受けてきました。

 

当時、この現状をなんとかして変えたいと思っていました。

 

しかし、どうしようもなかった。

「僕はダメな人間だ」

そう思いつつ、僕は周囲との劣等感に苦しみ、

自己肯定感の低い人格が完成したのです。

 

一騎奮発して挑戦した大学受験

中学校を卒業した僕は、地元の進学校へ入学します。

中学時代と比較して周囲も大人になっており、

いじめはありませんでした。

 

しかし、これまで培われた自己肯定感の低い人格は、簡単には変えることはできませんでした。

だから、本音では一緒に昼食を食べたいと思っていても、

「僕なんかに誘われても迷惑だろう」と思ってしまい、

 

結局一人寂しく昼食を摂ることになるなど、

これまでと全く思考を変えることができませんでした。

 

高校生は恋愛にも目覚め、同級生同士で付き合うのが当たり前になってきます。

僕も可愛い女の子と付き合って、純粋な恋愛をして、あわよくばSEXしたいと思っていました。

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しかし、当時の僕は彼女どころか女友達すらいません。

それ以前に事務的なこと以外で、女の子とまともに会話をすることがほとんどありませんでした。

 

女の子と仲良くなりたいと思っていても、

「どうせ僕なんかと話してもつまらないだろう」

と思い、心のブレーキがかかってしまうので、

彼女を作ることなんて、夢のまた夢でした。

 

「どうすれば自信がつくんだろう、どうすれば周りは認めてくれるだろう」

僕は、ひたすら自問自答を繰り返していました。

 

筋トレして体を大きくすれば自信がつくんじゃないかって思い、毎日腕立てと腹筋を30回ずつ欠かさずやりました。

確かに筋トレで少し筋肉はついたものの、理想とする体には程遠かったです。

 

他にもトーク力を上げて、面白い会話ができるようになろうとも考えましたが、コミュ障の僕には到底無理な話でした。

「どうせ僕はこのままダメな人生を送っていくのか」

そう思っていた中、高校2年生の終わりになり学校で進路説明会がありました。

 

そこでは、教師からの進学説明の他に、一個上の先輩による大学への合格体験談の講演がありました。

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そこで、ある先輩の話を聞きました。

その先輩は、地元の旧帝大に現役合格していました。

 

もともと成績が良かったわけではなく、高3の最初の模試ではD判定からのスタートで、1年間しっかり計画を立てて勉強した結果、現役での合格を果たしたということでした。

僕が通っていた高校は進学校といっても、偏差値が60に満たない自称進学校であったため、地元の旧帝大に合格しただけで「秀才」扱いされます。

 

そして僕は、大学受験に全てを託す決心をしました。

「受験勉強をやり抜いて、絶対に合格してやる。

 そして自信に満ち溢れた自分に生まれ変わってやる。」

志望校は、その先輩が合格した旧帝大に設定しました。

 

最初の模試は、先輩と同じD判定でした。

大学受験に全てのエネルギーを注ぐ覚悟ができた僕は、

平日5時間、休日8時間の勉強を毎日繰り返しました。

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すべては、

自信を取り戻し、新しい自分に生まれ変わるため。

必死に勉強を続けた結果、

僕は第1志望の旧帝大に合格することができました。

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念願の合格を手にした僕は、

「これで人生変えられる!
青春を取り戻すことができる!」

と思い、舞い上がりました。

 

同級生からも、

「ジョーカー、お前すごいじゃん!」

って言われ、ようやく認められた気持ちになりました。

そして、胸躍る新生活の準備が終わり、

地元から大学のある県までの移動の新幹線の中で、

迫りくる大学生活に心を躍らせていました。

 

理想と現実のギャップに苦しむ大学時代

そして、入学式当日を迎えました。

厳粛な入学式、入学式が終わった後のサークルのビラ配りと新入生歓迎会、

そして初めての一人暮らし。

 

全てが新鮮なものばかりでした。

これから俺の新しい物語が始まるんだ。

新しい自分に生まれ変わるんだ。

そして、失われた青春を取り戻すんだ。

 

すべてのことが輝かしく見えました。

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しかし、現実はそんなに甘くありませんでした。

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周囲は僕と同じ旧帝大生です。

だから、勉強というカテゴリでは周囲と比較して、全く優位に立っているわけではありません。

 

むしろ、あまり勉強せずに合格した同級生もいる中、必死にガリ勉した僕は地頭という点では劣っていました。

また、他にも僕には取り柄がありませんでした。

 

だから、コミュ障と劣等感による「僕なんかと話しても楽しくないだろう」というブレーキが再燃し始めました。

その結果、これまでと変わらず、

「僕が何をしたいか」よりも「周囲はどう思っているのか」

と判断基準にして、自分のやりたいこと、なりたい自分になることができませんでした。

 

要するに、自分がなりたい人物になるように努力するよりも

今の自分に合った行動をするようになっています。

例えば、本当は女の子とイチャイチャできるテニスサークルに入りたかったけど、

自分みたいなコミュ障の根暗がいても迷惑だろうと思い、

大人しめのサークルに入るなどです。

 

その結果、

自分に合ったサークルに入り、

自分に合ったバイトを始め、

自分に合った授業を受けながら、

退屈な毎日を送っていました。

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その結果、サークルもバイトも授業も男ばかりの環境で毎日を過ごしていた僕は、

女の子と話す機会はほとんどないまま、大学生活を終えていました。

 

女の子と話すチャンスがあっても、

「どうせ僕なんか相手にしてくれないだろう…」

と思い、せっかくのチャンスを無駄にしてしまいました。

 

大学に入って、自分を変えてやる!

そんな高校時代の意気込みもむなしく、

結局僕は何も変えることはできませんでした。

 

そして社会人に。あるきっかけが自分を変える

そして、社会人になりました。

僕は理系だったのでその方向の大企業に就職し、田舎の建設現場に配属されました。

 

その結果、普段現実で目にする女性は、派遣さんとヤクルトのおばちゃん、スーパーの店員さんくらいです。

しかも、全員僕よりも10歳以上も歳上でした。

出会いが全くない環境に置かれてしまったのです。

 

周囲の職場を見回しても、40代、50代で独身の人は、珍しくありませんでした。

そもそも周囲に適齢な女性もおらず、仕事も激務なので、休日に街へ出て出会いを探そうという気力もないような状況だったのです。

僕はさすがに危機感を感じました。

 

地獄の青春時代を送ってきた僕はせめて

安定した給料をもらい、

普通に結婚して、普通に子どもを作って、

子どもの成長を見ながら、仕事に精を出す

こんな当たり前の平凡な人生を送りたい思っていました。

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しかし、このままでは当たり前の人生すら送れそうにありません。

 

だから、僕は出会いを求めて、勇気を出してマッチングアプリに登録しました。

しかし、「彼女いない歴=年齢」でこれまで女性とまともに話したことがない僕は苦戦に苦戦を重ねました。

 

・「いいね」を送っても、ほとんど返ってこない

・仮にマッチングできても、途中でやり取りが終わってしまう

・まぐれでデートまで漕ぎ着けたとしても、全く会話が盛り上がらず途中で別れを切り出される

・そして、2回目のデートに繋げられない日々が3ヶ月以上続いた

「僕には一生彼女できないのか・・・・・」

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そんな風に思っていた矢先、ふと立ち寄った本屋である本を見つけました。

それは、「恋愛工学の教科書」という本です。

 

「恋愛」と「工学」という一見、全く相関のなさそうなワードを組み合わせたタイトルに僕は、興味を踊らされました。

パラパラとページをめくっていくと、ある衝撃的なフレーズを目にすることになります。

それは、

女の子は好きになった男とセックスするのではなくセックスした男を好きになる
引用:恋愛工学の教科書,ゴッホ,p056

僕にとっては意味不明で、衝撃的な内容でした。

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恋愛というものを体験したことがない僕にとって、

セックスというものは本当に愛し合った人同士でしかしてはいけないものであると思っていたからです。

特に、当時の僕はテレビや女性向けのモテるための記事を参考にしていました。

 

だから、

女性には優しくして

女性と食事するときは奢って

女性とのデートは男がデートして

女性には簡単に手を出さない

そんな男がモテると思っていました。

しかし、恋愛工学を学べば学ぶほど、今まで参考にしていた内容は嘘であると知りました。

 

洗脳が解けたのです。

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僕は、恋愛工学で学んだことを基礎にして、

女性とのデートにも挑みました。

 

また、本だけでなく有料noteや情報商材にもガンガン投資して、

知識を体系化していきました。

 

その結果、女性を落とすために必要なことは、

ある「型」があることを知りました。

各々の本や有料note、YouTubeでは、

様々な具体的なメソッドについて、解説してありますが、

そのほとんどは内容を抽象化していくと、ある「型」にたどり着くのです。

 

だから、まずは共通する「型」をしっかりと理解することが重要です。

そして、抽象化した「型」を自分なりに具体化して、

実践と改善を繰り返していく内に、

僕だけの恋愛ルーティンを生み出すことができました。

 

例えば、デートで女性と割り勘にする方法について紹介します。

まず、以下の会話をご覧ください。店員さんから伝票を渡された状況です。

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男「12,000円か、じゃあ6,000円づつだね!」

女「わかった…(え、割り勘なの?)」

男「『男は奢るべきだ!』みたいなこと言う人たまにいるけど、それって人をお金で判断するってことだよね。〇〇ちゃんも友達に奢ってくれないと嫌って言われたら、どう思うかな?そんな金目当ての人とは、仲良くなりたいと思わないでしょ?」

女「確かに、そうだね」

男「お金で判断されるのが嫌だから、本当は奢りたいけど割り勘にしてるんだ」

女「わかった!」

これは、

『奢ってもらうのは当たり前』という価値観を

『奢ってもらうのは悪だ』という価値観に

張り替えているのです。

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この「価値観の張り替えのテクニック」の型は具体化することで、

 

割り勘に持ち込むだけではなく、

付き合う前にSEXに持ち込んだり、

複数の女性と同時に関係を持つことを正当化する

 

ことにも応用が効きます。

※「デートでは奢ったほうがいいんじゃないの?」って思っている方へ
これまで、テレビや雑誌などで「デートでは男が奢るべきだ!」と言う価値観が染み付いている人が多いと思います。

かつての僕もそうでした。

彼女が欲しい一心で、デートしてくれた女性に対しては、見栄を張って奢るようにしていました。しかし、身銭を切って奢ったとしても、次のデートに繋げられなかったり、酷い時には突然ブロックされたりと散々な日々を送っていました。

だから、デートで奢っても奢らなくても、結果は変わりません!

 

そして、恋愛ルーティンを駆使した結果、

ついこの間までマッチングすらろくにできなかった僕でも、

100人以上の女の子とデートし、何十人もの女の子と関係を持つことに成功しました。

そして、吉高由里子似の美女を彼女化することができました。

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※この記事では、僕みたいなドン底の非モテでも「型」を習得すれば、可愛い彼女を作ることなんて、難しくないことを知ってもらいたくて執筆しました。
この記事を読んで少しでも、あなたの役に立つことができれば、幸いです

 

童貞卒業してマッチングアプリで無双する秘密を限定公開中


僕、ジョーカーは
学生時代は、運動音痴のいじめられっ子で
「どうせ僕なんか・・・」と
自己嫌悪に陥っていました。



その結果、学生時代に女の子と関わることが
ほとんどなく、24歳まで「彼女いない歴=年齢」でした。

しかし、恋愛工学に出会った僕は、
恋愛を本格的に学び始めました。
そして、マッチングアプリを通して、
実践を繰り返していくうちに
100人以上の女の子とデートをして
女優似の美女を彼女化できました。



また、それだけではなく、
複数の女の子を同時に彼女化したり、
当日知り合った女の子とセックスしたり、
かつての非モテ時代の僕と比べて、
信じられないほど充実した日々を送っています。

僕がここまで変わることができたのには
理由があります。

ブログやTwitterでは絶対に話せない㊙︎情報なので、
詳しく知りたい人はこちらをご覧ください。


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